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明るいアルコール依存症患者、山谷の和のHPは一人でも多くのアルコール依存症患者の回復を祈って作りました。

ようこそ明るいアルコール
依存症患者、山谷の和のHPへ


2001年5月

( ここで出てくる「ステップ1〜12」はA.A.のステップの事です。)

 2001年

 5/2

○○AA

「ステップ1」

  • 自分に逆らった。そんなことしてはダメ。
  • アル中さんは、自分で止めようと思う。だから、止められる。
  • 生きて行くことが出来ない。俺もそうだった。でも、認めたくなかった。
  • 酒には勝てないと、自分に言い聞かせていた。
  • 一杯の酒がどれほど恐いものか、身体で理解した。
  • 「どうせ飲んでしまったのだ。」と言う考え方。→もう、おしまい。
  • 最初は我慢。我慢しかないよ。
  • 三度目のK病院。不満しかなかった。なんで、こんな所にまた来たのか。何でラジオ体操をしなければならないのか。なんで、こんな事で団体生活をしなければならないのか。etc。・・・・こんな不平不満だらけの心では酒を止めることは出来っこない!

 

5/4

○○AA

「原点」

  • 城北地区の地図をPCで作っている時、Sクリニックを描いていると、三回目の入院から、デイナイトケアに繋がった時の事が鮮明に思い出される。
  • 今日一日を一生懸命に精一杯生きたか。
  • 所属がKが「マルマルさんと飲みに行きたい」と言った。嫉妬した。
  • せんべいをばら撒いた時、大笑い出来た。感謝だね。
  • 離脱。Kyoundouに最初に入院した時は出なかった。
  • 何をするにも、とりあえず酒を口にしなければ重い腰が上がらなかった。歯を磨く事ですら。
  • ビキナーの時、一杯の恐さをなぜ忘れる。身体で覚えているはすなのに。
  • 高校生の時、最初は水割りを飲んでいた。そのうちにロックになり、最後にはストレートで飲んでいた。最初からアル中さんだ。あっはっはー!

 

 5/11

○○AA

「信じる」

  • 昔、お酒の匂いをごまかすのに、リステリンを飲んでいたことを思い出す。
  • 自分の事を棚に上げて話をしないで済むようになった。
  • 子供の頃、本の付録が欲しくて、付録だけ下さいと本屋さんに頼んでも本を買わなければ付録を貰えなかった。アル中さんの人生も同じこと。ミーティングに出ないで楽な生活、良い生活だけを欲しがっても無理。調子が良すぎる。
  • ハプニングに強くなれ。
  • 自分の場合、酒止めたくて、AAに繋がったわけではなかった。生きたかったからだ。生きる為には、飲むわけにはいかなかった。だから、ミーティングに通う。
  • 昔アル中だった。でも、今飲まなければそれで良い。人は昔の事は言わない。
  • 世の中の人は、アル中は酒を飲むものだと思っている。でも、本当のアル中は、お酒を止めるもんだと思っている。真剣に。
  • ある、AAを日本に持ってきてくださった神父さんの言葉。

「あなたは、今日、どうやってこのミーティング会場に来ましたか?」

「電車です。」

「よく、来れましたね。電車に乗れると言うことは、運転手さんを信じ、電車を整備してくださる人を信じ、レールがある事を信じ、正面衝突しないダイヤが組まれている事を信じなければ、出来ないことです。信じると言う事は、そういう事です。」

物凄くよく解った。感謝。

  • 明日に繋がる「今日一日」を精一杯生きたか?


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